2017年を振り返り。   

2017年 12月 31日

今年もあと数時間…ホントに一年はあっという間ですね。

なかなかご無沙汰つづきのこのブログですが、

一年の締めくくりを書き残しておきたい。

2017年も色々な事がありました。大きな悲しみと大きな喜びがありました。

まずは突然の大きな哀しみに襲われました。

鏡開きの日、1月11日は宗家のお稽古の最終日。
夕方のお弟子さんの稽古に間に合うように稽古場を出ると、
滅多にない父からの電話。祖母が危篤だと。

お正月に逢いに行った時には私の顔をみてニッコリと微笑んでいた祖母が…?

私が病院に向かうまでにはもう間に合わないと言われ、
私はどうしたらよいのか、判断がつかない。

私は自分の仕事を優先させました。私の仕事。

お弟子さん達に言えば、先生、行ってください!と言うだろう。
だからお弟子さんには言っちゃいけない。

地元の病院に向かう電車の中、涙が止まらなかった。
大切な祖母に逢いに行かなかった自分はなんて薄情なのかと。

色々な手続きがあり、やっと会えた祖母は、数日前に会った祖母とは全く違う姿でした。

突然のお別れに家族は哀しみました。
特にずっと祖母を大切に介護していた母を支える事が私の務めだと思いました。
母が思い残すことなく、祖母を見送れるように。

四十九日の法要の際、不思議と哀しくない私がいました。

祖母は立派に95年の生涯を全うした、なにを悲しむ事があるだろう。
それに不思議と喪失感がない。祖母はずっとそばにいると感じられるから。

祖母は小さい頃から私を可愛がってくれて、惜しみなく愛情を注いでくれました。
私の孤独を、祖母の愛情が補ってくれました。

日本舞踊家を目指し、宗家に内弟子入りする事を誰もが心配し反対しました。
祖母もそれこそ心配しました。でもそれ以上に応援してくれました。私の舞台をいつも楽しみにしてくれました。

それは師匠の勘祖先生にも印象深くうつるほどで、
実は5年前に私に藤間会で鏡獅子を踊らせて下さったのも、
あなたのお祖母様に晴れ姿を見せてあげたい、という師のお優しいお気持ちからでした。

直前に祖母は転んで骨折してしまい、本番の舞台は見てもらえませんでした…。

どれだけ師と落胆したことか…。
そして、これでアンタ気落ちしちゃダメよ!気持ちを強く持ちなさい!と言われました。

藤間会での大変な中、私の気持ちにも寄り添ってくださる勘祖先生に胸が震えました。

鏡獅子での本番では、両親、祖母、勘祖先生、多くの支えてくださる方を感じながらも無我夢中で踊りました。

奇しくも鏡獅子と同じ、鏡開きの日に祖母はこの世を去りました。
来年からの鏡開きの日はどんな気持ちで迎えるのかなぁ、なんて思ってしまいます。(^_^;)

それから、大きなよろこびは、
もちろん、第3回すずの会の開催です。

40歳で自分の身の丈に合った会を開く。
という目標を立てたのは、

先の見えない修行の中で、流されず自身を見失わずにいるための、心の拠り所を求めてでした。

それが沢山のよいお弟子さんに恵まれ、
日本橋劇場という想い入れのある場所で、
沢山のスタッフさん、これまで修業中にお世話になった方々のお力添えを賜り、

私を応援して下さる方々の気持ちがあらわれた、
とても素敵な会を開くことが出来ました。

そしてその大きな目標を達成した後も、
まだまだその先へ、もっともっと先へ。
と思う自分がいます。当たり前か。
でもそれがとても嬉しい。

勘祖先生からの厳しくもあたたかいお言葉をプログラムに頂戴しました。
美辞麗句の多い挨拶文を見慣れた方はギョッとしたかと思います(^◇^;)

私も驚きましたが、ホントに心配して下さっているお気持ちをひしひしと感じ、
身の引き締まる思いがいたしました。

今年は他にも、
上半期には結の会チャリティ公演、ABIKAIに出演させて頂き得難い経験をさせて頂きました。
下半期にはまた共立女子大で舞踊論の講義をもたせて頂き、学生さんに日本舞踊を紹介する役割を担い、試行錯誤の日々を送り、
私の原点である同大学の日本舞踊研究会で12月につぼみ会があり、その発表会に向け、部員達と心通わせた事で、私自身の過去、今、そしてその先を見つめました。

2018年はどんな年になるでしょう。
新しい風を感じ、ワクワクしながら新しい年を迎えます。

新しい年も、たとえ一人でも、ヒトと心を通わせる事のできる踊りを踊っていきたいと思います。

よいお年をお迎えください。









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# by belluke-flower | 2017-12-31 23:59 | 日々のこと | Comments(0)